【値下げ合戦】への警鐘

最近目に付く【値下げ合戦】への警鐘


リーマンショック以降の不景気などで、どこのホテル街に行っても「値下げしました」「ショートタイム始めました」「メンバー特別価格導入」などの表示が目に付く様になりました。

消費単価を安く抑えて集客を計ろうとするホテル経営者の痛ましい姿が見て取れます。
しかし、値下げや低単価商品の開発が本当にホテル経営に通用すると思っているのでしょうか?

この現象は、異業種からの新規参入組みがホテル営業のイロハも知らずに収益拡大を企んだ挙句の失敗の後を、多くのホテル経営者が追っかけてしまった結果と思われます。

特に外食産業界の常識はホテル業の常識には当てはまりません。
もちろんホームセンターの経営理論もIT作業のソレも当てはまらないのです。

例えば、ここに家賃を月に100万円を支払い、人件費も月に100万円を掛けて、材料費も100万円を支出している1日12時間営業年中無休のハンバーガーショップが有るとします。
そして、この店では、1ヵ月に1個300円のハンバーガーを1万個販売しているとするとします。

月に1万個と言う事は、1日に330個のペースですが、営業時間は12時間だから1時間に換算すると30個以下で2分に1個という計算になるが、一人のお客さんが、2個や3個買っていく事が殆どであるから生産力や販売力に問題は無い。
ただし、当然、売上高は月額300円×1万個=300万円だから、家賃100万円と人件費100万円と材料費100万円を支払うと、収支は0円である。
つまり儲かっていない店という事である。

そこで店主は「≪値下げ≫で人気を得て、儲けたい」と考えてハンバーガー価格を1個200円に大幅値下げした。≪値下げ幅は100円だから、なんと33%の大幅値下げである≫

店主の販売計画は≪値下げで、現状の販売量を300%増しの月間4万個とした。
実に、生産も販売量も4倍の超V字回復?計画である。
本当に達成できると、どうなるのかを考えてみよう。

先ず経費の面であるが、家賃は変わらないから100万円だし、従業員も増員しないので100万円のままである。
材料費は1個当り100円と従来と変わらないが、計画では4万個売るから400万円になる。
つまり経費の合計は家賃100万円と人件費100万円更に材料費の400万円の合計600万円である。

これに対して、売上は1個200円に値下げしたが4万個売れれば800万円になるはずである。
つまり、200万円の利益が出るという事になる。・・・・のだが?

しかし、もしも2倍の2万個しか売れなかったらどうなるだろう。
2倍に販売量になったなら、儲かりそうなものだが・・・・・・
経費は、家賃100万円+人件費100万円+材料200万円(1個100円×2万個)=400万円だが、
売上も200円×2万個の400万円だから、収支は代わらない事になる。
つまり倍売っても儲からないのだ。

言い換えれば、1万個しか売れていないときの1個のハンバーガーにかかる経費は、
家賃100万円÷1万個=100円と人件費100万円÷1万個=100円、
そして材料費の100万円÷1万個=100円の合計300円だったが・・・・・
4万個売ると1個の原価は
家賃100万円÷4万個=25円と人件費100万円÷4万個=25円、
材料費は変わらず100円だから、これらの合計150円になっている。

だから、倍以上売れるようにならないと収支の改善は出来ないという事である。
実際には、宣伝費などもかさむのでそれ以上の販売実績が必要である。
簡単に言えば3割値下げしたら、最低でも倍の集客(販売量)が必要だという事だ。

さて、ホテルで3割値下げしたら、倍の集客は出来るだろうか?
まして労働集約型であるから人件費を増やさずに倍の集客に対応できるだろうか。
ソレより、倍もお客様に利用いただける客室が用意できるだろうか?
少し考えれば、ハンバーガーショップとホテルが違う事は判るはずである。

ホテルでも、家賃同様に借入金の返済があるし、人件費は25%程度(経営者抜きで)かかるだろう。
あまり知られて居ないが1室の整備にリネン代金・人件費・光熱費などで2000円くらいはかかると思って良いだろう。

つまり、販売量に限界のあるホテルは、値下げでの収支改善には向かない業種である。
満室になったら、それ以上は幾らお客様がこられても売上にはならないし、お部屋を宅急便で送ったりも出来ないし、インターネットで≪お取り寄せ≫も出来ない。
第一に、商品の在庫が出来ないし生産調整も出来ない。
もちろん売れ残りを後日に、特価販売する事はできないのである。

具体的な例を挙げてみよう。
休憩料金を6000円、宿泊料金は9000円として
休憩組数は宿泊組数の3倍として、客室数は20室、月間売上が1200万円のホテルがある。
この場合の平均消費客単価は(6000円×3組+9000円)÷4組=27000円÷4組=6750円である。
また一日当りの平均売上は1200万円÷30日として40万円だから、平均来客数は40万円÷6750円の59.259組≒60組である。つまり3回転しているというケースである。
このホテルの経費を、借入金の返済は300万円、人件費が300万円(25%)、リネン光熱などの連動経費が400万円、修理営繕積立(経営者報酬を含む)など200万円とすると
合計1200万円だから、収支は0円である。
つまり儲かってないホテルである。

このホテルの収支を改善する目的で値下げをするとしよう。
収支改善目標は、売上の20%アップである。
休憩は4千円に、宿泊は6000円に其々33%を値引く事にした。
休憩組数と宿泊組数の対比は変動しないとして計算すると、平均消費客単価は(4000円×3組+6000円)÷4組=4500円になる。
収支目標は1200万円×1.2倍=1440万円だから、来客目標数は1440万円÷4500円=3200組になる。
今までと入客数を比較すると、(1440万円÷4500円)÷(1200万円÷6750円)=1.8倍である。
さて、経費の変動は、借入金の返済は変わらず300万円、人件費が1.5倍の450万円、リネン光熱などの連動経費は1.8倍の720万円、修理営繕積立などは変わらず200万円とすると合計1670万円だから、
この時点では、売上目標1440万円-想定経費1670万円=-230万円・・・の赤字になる。
しかし、そればかりでは無い。
月間平均3200組を処理する為には、1日平均106.6組の来店を予想せねばならない。
つまり20室のホテルであるから、106.6組÷20室=5.33回転が、毎日必要である。
これでも、1.8倍の入客を処理する為の人件費は1.5倍しかかけていないのである。
もちろん、清潔リネンと不潔リネンの保管量や、冷蔵庫販売員量などの保管在庫量もかなり増えるから、その保管スペースの確保の必要になるだろう。

だから、3割も値下げして2割の増収を図りたいなら・・・・来客数が倍になる事は最低条件である。
つまりソレが出来るホテルは、現在の入客数が施設最大入客処理数の半分にも満たない場合に限られるのである。

例えば、平均客単価6000円、20室で、売上が300万円のヒマホテルなら、入客数は
300万円÷6000円=500組で回転率は、500組÷30日÷20室=0.833=83%である。
仮に平均客単価を4,000円に値下げして20%の増益を図るとしても
売上目標は300万円×1.2倍=360万円なので、回転数は360万円÷4千円÷30日÷20室=1.5=150%なので充分に可能である。
もしも、損益分岐点を600万円(倍増計画)と仮定しても、600万円÷4千円÷30日÷20室=2.5=250%なので、充分に可能な数値である。・・・・・但し回転率は3倍になっている。
ただし、これで本当にその分丸々儲かるとは思えない。
なぜなら、回転数の増加分だけ経費増大率も大きくなるからである。
つまり、家族経営で給与が一箇所に集中し、その上借入金も返済みであれば、可能性はあるのだろう。
しかし、このホテルは企業では無い。
いわば家業である。

さて、固定経費と呼ばれる経費があるが、この意味を間違えてしまうと問題が起きる。
つまり、原価との混同である。
固定費用は、確かに金額が変わらない。
だから、原価としても変わらないと思っているのでは無いだろうか?

原価とは販売価格に含まれる製造費用の事である。
製造費用には原材料費ばかりではなく、人件費や光熱費、更には家賃や税金も含まれる。
だから、家賃のように販売量に関係なく金額が決まっている経費(固定経費)は、逆に販売量によって製品(商品)に含まれる金額(原価)は変わってくるのである。

仮に家賃10万円の店舗で1万個を販売すれば、1個当りの価格には10円の家賃(固定経費)が含まれている事になる。
だから家賃10万円の店舗で10万個販売すれば、1個の価格に含まれる家賃は1円になるし、極端な話しだが10個しか売れていないと1万円が必要となる。
量を売ると原価は下がるのである・・・・・本当のことだが・・・・・

ただし、このテクニックを使うには条件がある。
ソレは、販売後商品の消費位置(場所)である。
厳密にはいえないケースがあるが、販売された商品が使用もしくは消費される場所が店舗外ならばこのテクニックは有効だろう。
つまり、簡単に言えばテイクアウト≪御持ち帰り≫商品(コンビニ弁当)の事である。
持ち帰らなくても、外(会社に持ち帰り)で食べてくれれば同じである。
また、同様にお届け販売(お届けピザ)にも有効な手段である。
ネット通信販売は更に有効である。・・・販売するスペースすらない。

ただし、店内で消費されると販売量(消費量又はスペース)に限界が生じるので、不向きなのである。
ハンバーガーは持って帰るか、外で食べてくれる。
牛丼は確かに≪店内消費型≫だが、早く出して早く食べさせて早く帰らせる努力で、テイクアウトに近い状況を作っている。
ホームセンターも買った道具や材料を使用するのは、持って帰った家だからこそ薄利多売が成り立つのであって、もし、店舗内で買った板を店舗の中で買った鋸で切り始められては、すぐに店中がお客で溢れてしまい売上は上がらないだろう。

ホテルで、この方法を取るとしたら≪ショートタイム≫だろう。
ただし、提供価値と価格が連動して下がるのは"値下げ"ではなく販売量(利用時間の制限)の変更であり、コスト率(リネン代金や清掃人件費)は高くなるので、利益の低下を招き得策となる事は少ない。
だから、「安くして数売って、儲ける」という考え方は、ホテル経営には不向きなのである。

ホテルの商品とはナンだろう?
お客様は、何にお金を払っているんだろう。
ソレが解らないから、ソレを売る事が出来ずに・・・・・・値下げを始めるようだ。
なら、どうするべきだろう。

ホテルの商品(お客様がお金を払う対象)は何だろう?
そしてソレを高く売るにはどうしたら良いだろう。
その価値を高めるためには何をしたら良いだろう?

きっと、この答えはひとつでは無いだろう。
きっと、みんな大切な要素なのだろう。
きっと、全て必要な事なのだろう。

しかし、重要なのはその進め方・・・・・
その優先順位である。

安易な値下げに走らないで済むように
もし、値下げの泥沼に足を踏み込んでいるなら、一日も早く抜けだせるように
上記のことに取り組んで欲しいと考えます。

株式会社 スパイラル 代表取締役 平田壮吉
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